ミシェル・フーコーの倫理的基盤について

0.はじめに
 西洋中心主義批判、9.11後に広まった文明の対立という構図、オウム真理教に見られた宗教の問題。これらの問題に対して、私たちには次のような課題が向けられていると思われる。「異なる価値観を持つもの同士の共生はいかにして果たされうるのか。」「相対化された価値規範の体系の林立のもとでは、どこに立脚することで正当な批判的視点を得ることができるのか。」
本研究はこれらの課題を考察するために、ミシェル・フーコーを対象として進められる。西洋近代の知や思考を問いに付したフーコーが、いったいどのような立ち位置から研究や行動を進めたのであろうか。なぜフーコーはあれほどにも執拗に、権力に対して立ち向かおうとしたのか。これらの疑問に対して、フーコーの立ち位置を明らかにし、その立脚点を検討することで、上記の問題への有効な視座が得られると考える。
ここで主題として「倫理的基盤」という語を用いたのは、晩年のフーコーにおける立ち位置を本研究の対象とするからである(1) 。晩年のフーコーが取り組んだのは、どのように振舞うことで自己を構成していくかという主体と倫理の問題であった。そして現在、最も注目が集まっているフーコーの理論は、この晩年のものなのである。高度資本主義社会や管理社会に対して、そしてアイデンティティ・ポリティクスの領域において、フーコーの主体論は抵抗ための「道具箱」として大きな期待が寄せられているのである。
 このような晩年を対象とすることにより、実践と抵抗が賭けられている点で、上記の問題の最も切迫した形態に指針を示すことができるのではないか、と考える。実際にこの研究を進める際に気をつけなければならないのは、晩年のフーコーは分析の手法として、中期以降に用いられた系譜学を取り入れている点である。そのため晩年に向けられたフーコー研究だけでなく、同時に系譜学自体や、それを用いる姿勢を扱うフーコー研究も見ていく必要がある。
 さてこの研究における本稿の役割は、先行研究における本研究の位置付けを示すこととである。そしてそれに加えて晩年のフーコーにおける立ち位置についても簡単に触れておく。したがって、晩年のフーコーに向けられる解釈、フーコーの立ち位置をめぐる解釈、そしてフーコー自身の立ち位置に関する大枠の考察、という構成がとられる。以下、順番に提示していきたい。


1.実存的問題への回帰
○ 性への関心とフーコーの死
晩年のフーコー解釈としてまず最初に示すことができるのは、実存的問題への関心の変化を強調するものである。これにはフーコーの研究がこれまでとは大きく変化したことが影響している。そこには性への関心の回帰が言われるものや、近づく死への意識からうまれる生存のあり方への関心が前面に出されるものがある。桜井は「『快楽の活用』も『自己への配慮』も、ともにそのため〔フーコー自身の性の探求のため:引用者註〕の準備作業でしかなかったのではないか、と私は考えている(2) 」として個人的な性への関心に結び付けようとする。そして今村も「『性の歴史』第二巻で、フーコーの問題意識はガラッと変わりますよね。それはフーコー自身がすでに死に直面しつつあり、生と死の絡み合いをまるごと生き抜いていたということが背景にあったのかもしれませんね(3) 」としてフーコー自身の生と関連付けて述べようとしている。他にもこのようなフーコーの実存的な関心を強調する解釈は、特にフーコーの死から間もない時期に為されたものに多く見られる (4)。

このような解釈が生じる理由として、以下の三つのものを提示することができる。
 まず一つ目には著作出版の年数の間隔である。『性の歴史Ⅰ』の出版から『性の歴史Ⅱ・Ⅲ』までの間には8年の空白があった。もちろん、その間にもコレージュ・ド・フランスでの講義をはじめ、フーコーの研究発信には滞りがなかった (5)。だが、著作を中心とする数少ない業績にしか触れることができない日本のような外国においては、この期間がフーコーの沈黙として捉えられてしまったのである。
 次に対象についてである。このような沈黙後の突然の出版と見なされた『性の歴史Ⅱ・Ⅲ』が研究対象とする時代は、『監獄の誕生』や『性の歴史Ⅰ』とは異なり、古代ギリシア・ローマに移った。また同時に、主題においても権力の問題を扱い政治性が明白に見られる上記二冊とは異なり、主体や性、倫理の問題への推移が見られた。こうした時代や主題の変化により、フーコーから政治性がなくなり、死に際に自己に関心を持つようになったとして驚かれることが生じるのであった。
そして最後に文体についてである (6)。これまでのフーコーの文体は「イメージに富む、華麗な (7)」ものであったが、「なぜフーコーがこういう味気ないような文章を書くんだろう(8) 」と思われるほど『性の歴史Ⅱ・Ⅲ』では変化がみられた。この変化は、晩年における死への意識や、性や生存の問題へのテーマの変更を裏付けるように、元気がなくなっていった証拠として捉えられるのであった。
変化を強調し以前の研究との断絶を主張すること、そして実存的関心への移行という面を押し出すこと、これが晩年のフーコーに対して向けられた第一の解釈である。もちろん研究対象に対する実存的な関心がフーコーには全くなかったとも言うことはできない。だがここからの解釈を前面に押し出すことは、フーコーが果たした研究を見誤り、晩年のフーコーの理論における有用性を無視してしまうことになる。したがってこのようなフーコー解釈は、誤謬として取り扱われていくべきものであろう。

○ 晩年との連続性と政治性
さて最初に挙げた解釈は、実存への回帰と変化の強調による断絶の主張がその特徴であった。だが、「それを「主体の破壊」が怖くなったから尻尾を丸めて「主体」に逆戻りしたとか、年をとったから平安を求めて故郷の「主体」に回帰したというふうに考えるのは誤りであろう(9) 」と言われるように、今では先に述べたような解釈が取られることはほとんどなくなってきている。そしてそれらを否定するように、『性の歴史Ⅱ・Ⅲ』と、『監獄の誕生』や『性の歴史Ⅰ』との連続性を主張する研究が多く出されている(10) 。
もちろん、このような晩年の解釈に関するフーコー研究の変化には、思考集成や講義録の出版による資料の充実も手伝っている。だがそれだけでなく、ここでは権力を扱ったものとの政治性の連続を説くものが、この連続性の主張の一般化に大きく貢献したのである(11) 。ここではドゥルーズの研究が参考となる指針を示したといえるのだが(12) 、こうした潮流は、現代社会との関わり方の分析に有用なものとして、晩年のフーコーに大きな期待を寄せている(13) 。このような政治性に中心的な関心を寄せる論者の間では、晩年のフーコーの変化も政治性の進退や権力への抵抗という観点から捉えられる(14) 。「フーコーは読みようによってはアカデミズムへの回帰とも受け取られかねないギリシアの再発見をとおして、いったん舞台を降りた。最前線からは離脱した。すでに述べたように、降りる先あるいは“後方”がギリシアである必然性は全くない。しかし、どこかへととりあえず退却して新たな戦略拠点を獲得する必要はあったのだ(15) 」と市田が述べたことにも、その傾向が強く現れている。したがって、遍在する権力・権力関係の中での抵抗のための自己への配慮として(16) 、また統治に対抗するためにいかに自己を統治していくか(17) という抵抗の観点から、この連続性は把握されているのである。


2.実践と抵抗の基盤―フーコーの立ち位置に関して―
ここまで二つの解釈について提示してきた。晩年のフーコーがそれまでと断絶しており実存的関心へ向かったとする解釈と、政治的関心から連続性を主張する解釈である。なおここで注意しなければならないのは、晩年においてもそれ以前と同じ方法、系譜学を用いてフーコーが研究を進めている点である。そのため晩年の基盤を見るときには、フーコー全体の基盤に向けられた研究も同じように扱う必要がある。ここではこの点への留意のもとで、晩年の基盤に関するいくつかの解釈を提示していきたい。

○ 自己、欲望、実践
まず多くの論者が示しているものとして挙げられるのは、抵抗の基盤、分析の目的が自己の内に見られるとするものである。内田は「彼が系譜学的にものを考えるのは、そのような真理や自己への従属から身を引き離すためであり、自己の主人となり、「自己への自由」を確保するためであったといえよう(18) 」と述べる。そして大澤は晩年のフーコーに対して「その倫理の目的は、自己が自己自身に対して主人であること、自己が自己を統御することである(19) 」と解釈する。ここでは両者共に「自己」あるいは「自己の自由」をその目的として把握していることがわかる(20) 。またその自己の内にあるものとして自らの快楽や(21) 、また欲望に抵抗の拠点がある(22) とするものもある。
さてこのような解釈とは異なり、そもそもその根拠自体を提示していない(23) 、または問題としない研究も多く存在する。これは特に政治性が強く意識されているもの、すなわち実践に主眼を置いたアイデンティティ・ポリティクスの分野でのフーコーへの参照や(24) 、生権力から実践的主体へというネグリのフーコー継承を論ずるものにおいて見られる(25) 。このような実践を目指したところでは、分析の目的、抵抗の理由や意義などは自明とされるため、または別の場所で解決されているために、フーコーの理論は使われるのを待つばかりのものとして、扱われている。

 だが上の二つは、「なぜ、抵抗しなければならないのか(26) 。」という疑問に対しては、その根拠が示されていない。たとえ完全に服従化されているとしても、その状態に満足し何の不安も存在しない場合、その場合でも抵抗は必要となるのか(27) 。また、管理や服従化における苦痛に対して、これを気持ちの問題として意識を変えることで済んだとされるとき、そこでの抵抗は意味を持つのだろうか。したがって、これらの疑問に対してはせいぜい「抵抗したいから」、「フーコーは抵抗を好んでいた」としか答えようがない(28) 。また、その抵抗が社会に生ぜさせうる秩序の揺らぎにも、関心をもっていないようにみえる。
メルキオールはこの点における不信感より、反ユートピアで非合理主義のネオ・アナーキストとフーコーを名づけ、「もしフーコーの理論が真理であるならば、すべての知は、客観性を装っているにもかかわらず疑わしくなる、がしかし、その場合、その理論自身は、おのれが真理であるということを、どのように証明すればよいのか(29) 」としてフーコーの分析の妥当性を問うた。同様にガッティングは「客観的真理などという時代遅れで抑圧的な概念を放棄したという点でフーコーを称賛するひともいないわけではないが、そうした立場は自己論駁的だという批判者たちの議論の方に、はるかに分があるように見える。もしどんな信念もそれを生み出す権力システムと相対的にしか妥当でないとすれば、フーコーの相対主義的な主張それ自体も、せいぜいこの限られた妥当性しかないことになる(30) 」と述べ、必ずしもフーコーの側に正しさが付随するとは限らないことを示す。

○ 鋭敏な政治的感性
 このような疑問が存在する脇で、フーコー自身が持つ「感覚」や、フーコーの研究や行動が持つ「志向」に、正当性の根拠を置くものがある。檜垣はフーコーが視線を向けていたのはマージナルな者、精神病者、狂人・犯罪者、性的逸脱者、社会的最下層民であることから、「反体制的であることへの、もっとも鋭敏な感覚をもっていた思想家(31) 」としてフーコーの「感覚」が正当性の指針となっているように述べる。田村は同じく、「彼自身が行った《刑務所情報集団〔監獄情報グループ:引用者註〕》の活動や、エコロジスト運動への共感の姿勢などから推量することが許されるなら、そうした接点以上に重大なのは、本稿で検討してきた、社会的弱者としてのマイノリティーへの志向であろう。その志向をぬきにしては、フーコーの明言する《身辺の日常権力》への闘いは方向性を失うにちがいない(32) 」と述べ、フーコーのこのような「志向」に正当性を依拠させようとする。これらと同様のものとして、酒井が注目する「耐え難さ(33) 」もその一例として挙げられる。だがしかし、フーコー自身の「感覚」、「志向」、「耐え難さ」といった内在的な感情や嗜好に、どれほどの信頼をおけるのだろうか。また、フーコーの理論を応用しようとする者たちの「感覚」、「志向」、「耐え難さ」には、正当性が必然的に結びつくのであろうか。
 自らの「感覚」、「志向」、「耐え難さ」が正当で普遍的なものであると信じ込むことほど容易であり、なおかつ危険なものはない。それらに抵抗や実践の基盤を置くものが、それぞればらばらに正しい抵抗を唱えることが、どれほど危険で賛同できるものでないのかは簡単に想像できる。「そうしたテクノロジー〔人々の管理に機能する高度なテクノロジー:引用者註〕の下の抵抗の技術の一つとして、「自爆攻撃」というアーティチュードが「自己への配慮」として現れてきたんだろうと思います。非常にマイナスの形だけれど、最後の手段として現れてきたんだろうと思います(34) 」という平井の指摘はこの点を強く表しているものとして注目に値する(35) 。

○ 自由や批判的視座
さて、最後に示すのは、抵抗、実践の根拠が「感覚」や「志向」などのような自らの内なるものに準拠するものとは異なり、その目的が統治に対する自由や批判的視座にあるとするものである。財津はフーコーの姿勢を真のアナーキズムと名づけた上で、「理念あるいは問題としてのアナーキーは、現実に存在している、もしくは生じつつある民主主義的制度を、絶えずより良い方向に引き上げ、形骸化しないようにしむける実践的意識であり、また、単に政治的構造にかかわる思想ばかりでなく、さらに人間のあらゆる文化的活動にとって創造が可能になる自由な場を開き示す思想である(36) 」として、またライクマンも同様に「実在的な自由への批判的な呼びかけ」としてフーコーの思想を位置づけている(37) 。そして批判的視座に関わるものとしては、市野川がセキュリティの議論のところで「「安全性の装置」によって引かれうるそうした包囲の線を常に疑い、必要ならば切断する、そういう配慮curaをもつこと(38) 」をフーコーから学ぶことの重要性を示したものが、その例として挙げられる。また金塚が、抵抗が意味するのは自省により「権力以上に賢くなること(39) 」と述べたのも同様である。
結論を先取りすると、このような批判的姿勢や慎重さこそが、フーコーが絶えず持ち続けたかったものではないだろうか、と私は考える(40) 。こうした解釈をフーコー自身のテクストから裏付けるために、次には『言説の秩序』、「ニーチェ、系譜学、歴史」、「啓蒙とは何か」より、フーコー自身の立ち位置、目的に関して明らかになった部分を、簡単に示しておきたい。


3.晩年のフーコーにおける立脚点
まず『言説の秩序』で提示されるのは、言説を統御する働きとそれを支える制度の存在であり、その機能により真実と虚偽が分別されていくことである。

「人跡未踏な外部の空間l’espace d’une extériorité sauvageにおいては、いつでも真なることは言われる可能性があります。だが、人々が真なるもののうちにあるのは、その言説の各々に対して再活性化させるべき言説の「統制」の諸規則règles d’une 《police》 discursiveに従順であるときだけなのです(41) 。」

はじめにこの部分から明らかになるのは、真理とは言説に対して働く規則、制度、機能の結果として生み出されるものである、ということである。それらの働きがないところにおいては、誰もが真理の保有者であり、正しくあることができるのである。
 フーコーはこの理解の上にたって、歴史分析においても客観的な真理を裏付ける地点など存在せず、歴史学における正当性も言説に関する働きによるものであると捉える。

「ニーチェの考えるような歴史的感覚は、自分がある展望に立っていることperspectiveを認めており、自ら自身が不公正の体系le système de sa proper injusticeを持っていることを拒否しない(42) 」

こうしてこの部分からは、自ら自身も「特殊な」基盤のもとで研究を進めているというような、フーコーの冷笑的な自覚が読み取れるのである。
客観的、普遍的な立場の存在を否認し(それは言説を統御する働きによって歴史的に構築されてきたから)、そのシステムが実体性を持たないという理解の上で、(欺瞞的にも)正当とされているそのシステムを支える諸制度の状態と同じく、自ら自身の立場も特殊な地点であることをフーコーは認める。ではフーコーが拠って立つその基盤とは、いったいどのようなものなのだろうか。
「啓蒙とは何か」で何度も繰り返されるのが、フーコーの分析において目的とされるのは、「啓蒙」にしても「ヒューマニズム」にしても、それ自体に疑義を呈し否認し去ることではない、といことである。そうではなく、その境界、限界に位置するもの、それらの周辺にあるものを分析し、見極めていくということである。

「普遍的、必然的、義務的なものとして私たちに本来的に与えられているものの中で、特異で、偶然的で、不自然な恣意性des contraintes arbitrairesに負っている部分はどのようなものであるのだろうか(43) 」

認識の限界の分析したカントについて触れた部分におけるこの発言が、その姿勢を充分に示している。ここではフーコーの立ち位置が、例え特殊で不公正なものであるとしても、啓蒙や理性などの近代的なもの全てを嫌悪し、否定するような場所ではないことがわかる。

「どのようにして〔技術の:引用者註〕諸能力の発展la croissance des capacitésと権力との関係の強化l’intencification des relations de pouvoirを分断すればいいのか(44) 」

また、フーコーの分析の目的としてこの一文が示されていることからも、フーコーの立ち位置がよく表れている。これは啓蒙や理性全てを否認し去ることを目的としているのではないのと同様に、技術による発展全てを葬り去るべき標的にしているのではない、ということである。そうではなくて、技術の発展のどのような点が支配の強化に結びつくように用いられているのかを、明らかにすることが重要なのである。


4.今後の課題
晩年のフーコーの立ち位置を、以上のように解釈できると私は考えている。そして今後の研究については、以下の三つの軸によって進めることを計画している。
 まず一つ目はフーコー自身の目的、立ち位置をより明確にさせることである。「啓蒙とは何か」で示されていた系譜学による「可能性のため」の「諸限界」の考察が、フーコーの立ち位置、基盤の明確化にどれほど貢献するのかを見定める必要がある。したがって「啓蒙とは何か」のより綿密な読解、そしてその他のテクスト、インタビュー等の記録を調べることにより、フーコーの立ち位置、基盤をさらに明確にしていく必要があると考える。
次に、フーコーの目的や立ち位置をめぐる解釈や批判を整理することである。ここでの対象は、柳内が「フーコーの理論は抵抗の根拠を示す批判理論となりうるのか」と示し、ハーバーマス、フレイザー、ローティー、コノリー、テイラー等の名を挙げた領域となる(45) 。このような諸論者の批判に応えることで限界を定めていくこの作業により、フーコーの理論の射程を明確にできると考える。
最後に、研究において用いる言葉についてである。研究題目としては「基盤」という語を用いたが、ここで気をつけなければならないのは「基盤」と「目的」との相違である。コノリーは批判を向ける部分において「自らの依拠する同一性own fundamental identity」の語を用い(46) 、別のところでは「目的aim」を用いた(47) 。この点より、啓蒙の試みの上で絶えざる批判が要請される中では、同一性や固定性を想起させる「基盤」よりも、他の言葉の方がフーコーの意図を汲み取るには適しているのではないか。したがって本研究全般においてこの点を明確にし、言葉の使われ方に注意した上で研究を進めることが必要となると考える。
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by kokem-omo | 2008-09-09 23:41  

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