「ミシェル・フーコーの統治合理性批判」を読む(つづき)

第四章 自由主義と市民社会
 第四章では79年度講義から自由主義、とりわけドイツとアメリカにおける新自由主義の分析を通して統治合理性の進化を追っていく。一見、国家理性は国家や統治の無限の介入を推し進めるように見えるが、法的=主権的な枠組みや市場による制限が存在する。まずこのような統治の自己制限をみていくことになるのだが、外在的なものとして挙げられるものはそれが現実の世界を扱うこと、他国とのバランスを崩せないこと、そして法による制限である。他方、内在的な制限は18世紀から始まり、①器用・適切な統治のための自己制限、②制限はあらゆる状況で存在する一般的であること、③統治の目標のために制限が必要なこと、④機能的な分割による制限、⑤統治者と被統治者相互により決定されること、この五つが特徴として挙げられている。ここでは経済学こそがこうした自己制限を可能にする。これらは①国家理性の内部のうちで展開され、②その帰結として専制主義を含意し、③その効果のみを問題とする統治実践を扱うこと、④自然法則を持ち出すこと、⑤成功か失敗かが基準と為ること、というような特徴を持つ。したがってここで提起される問題は経済システムという真実による自己制限である(93-99)〔4-1-1〕。
さて、経済学と国家理性の関係を考える上でフーコーは場の変化に注目する。それは市場が司法の場から真実の場へとなることである。この場による真実を語ることの記述はフーコーにおいて一貫して見られるものである。外在的な法的制限と内在的な自己制限が統治性に対する二つの制限システムとして示されたのであるが、次第に功利性に基づく後者の制限がより一般的になっていく。こうして利害に応じて機能するリベラリズムが新しい統治性の形態として浮かび上がる(99-103)。①市場の真実に関する問題、②功利性の問題、これらに併せて自由主義的な統治技術の特徴となるのが③国際関係の問題である。これはゼロサムゲームではなく、自由な市場での競争を通してヨーロッパ全体の経済的な進歩を目指すというものである。こうして経済的主体としての世界市場を志向するヨーロッパが誕生する(103-105)。このような自由主義は経済的な自発性や自然によって保証される世界性等、自然主義とも言えるような特徴を持つ。だが自由主義が統治技術の中心を占めるということは、18世紀中葉から統治が寛大になったということを意味しない。リベラリズムによって自由が生産されるということは、そのもう一方では瞬間的に安全が置かれる。これは自由が危険の縁で作用すること意味し、個人は常に危険な状態に置かれ、管理・拘束・強制が増大し、自由の生産のための過度の介入が帰結として現れる。このようなリベラリズムの危機から出発するのがネオリベラリズムなのである(105-108)〔4-1-2〕。
 
フーコーは反国家主義を統治性の危機の主要な特徴の一つとし、ケインズ主義、計画経済、国家の介入主義に対する反発としての新自由主義的な統治性をドイツとアメリカの場合から考察する。はじめに新自由主義の起源であるドイツから分析を進める(108-109)〔4-2-1〕。
戦後ヨーロッパはケインズ主義的な要請から政策を出発させる。こうした雰囲気の中で行われたドイツ経済省のエアハルトの市場自由化に関する演説をフーコーは分析する。ここで示されているのはナチズムが国家の代表権を失うこと、そして「経済的自由の上に国家の合法性を打ち立てる」ことである、とフーコーは読み取る(109-111)〔4-2-2〕。
ドイツの新自由主義を支えたものとしてオイケン、ベーム、アルマック(以上は科学委員会)、そして彼らに影響を与えたものとしてレプケ、リュストウ、ハイエク、ミーゼスの名前が挙げられる。彼らはいかにナチズムにおける自由主義に対する障害を乗り越えるかを共通の課題として持っていた。ドイツに存在した自由主義(19世紀中葉頃から)は常にいくつかの障害に直面していた。保護経済、国家社会主義、計画経済、ケインズ型統制経済がこれにあたるが、ナチズムはこれらの要素を融合して一つのシステムを形作っていく。ドイツの新自由主義者はまずソヴィエトの計画化、ニューディール政策、ベヴァリッジ計画の分析により、ここでの反-自由主義がナチズムとの共通項として存在することを説く。そしてナチズムの国家権力の無限の増大とゾムバルトの資本主義批判を批判する。ここから解明されたと信じられるのはナチズム、国家社会主義の不変項は国家権力を増大し、社会的な共同体を破壊するということである。このようなオルド自由主義の本質をフーコーは「市場の欠陥を全て国家に帰結させること」とみる。こうして現在の新自由主義においても争点となるのは市場経済から社会の組織化ができるか否か、である(111-116)。そしてオルド自由主義者たちは、新自由主義の市場の本質を交換でなく競争にみる。競争により価格が形成される。この競争は自然的所与ではなく、形式的構造なのである。この形式的構造の基礎である純粋な競争を目指して市場は介入され、統治されねばならないのである。したがって①古典経済学の再活性化、②ブルジョワ社会像、③国家権力正当化のためのカムフラージュという新自由主義への一般的な反応をフーコーは批判する。新自由主義の理論で重要なのは、常態的な介入によって維持される競争を軸とする市場が、そこから形成されるであろう社会システムへの期待なのである(117-118)。さて、新自由主義の介入をみていくために①独占の問題、②経済的な整合的な行為、③社会政策の問題の三つが示される。一つ目の独占の問題では、自由主義では競争と独占の結びつきが主張されていたが、新自由主義者はこれを間違いであるという。経済過程をその働きに完全に任せれば独占など生じることはなく、むしろ大切なのは独占を持ち込もうとする公権力の活動を制限することなのである。二つ目は市場の諸条件・諸環境への働きかけが示される。ここでは完全雇用が目標とされないため、失業者は移動中の労働者であると把握される。そして三つ目の社会政策の問題に対しては、競争による調整のための差異化、消費と収入の私有化・個々人の自己責任化、社会政策と経済成長を比例させてはならいないこと、が主張される。オルド自由主義者が目標とする社会的統治とは、市場を可能にするための介入であり、目指されるのは競争の力学に従う社会、企業社会なのである(119-124)。では法の問題はどのように捉えられるのだろうか。オルド自由主義者にとって、法的なものは上部構造に位置するものでなく、最初から法的な諸規則と経済的なものは一体であったとされる。したがって資本主義は法制度との結びつきのもとで考察することで、資本主義社会特有の諸問題を乗り越えることができる。新自由主義者は法治国家の原理を経済に適用することで、形式的な経済的立法化を目指すのである。ここでは国家は経済過程に盲目的であるべきであり、経済をゲームとして、経済を縁取る司法制度はゲームの規則として考えられなければならない(124-129)〔4-2-3〕。
このようなドイツのモデルがフランスとアメリカに普及していく。フランスでは経済的危機の文脈で政府職員・顧問に導入され、アメリカでは経済的・政治的危機に対するオルタナティブとして普及していく(129)〔4-2-4〕。
 
フランスでは長年、社会政策は経済システムに影響を及ぼさないとされていたが、この逆のことがENAの学生たちによって発表された。そしてデスタンは「経済的に中立な社会政策」という観念により、経済的なものと社会的なものの分離が試みられる。ここでの基盤となる新自由主義的な原理は、社会全体に経済ゲームを染み込ませることであり、国家の役割はこのゲームの活性化であり、社会保障はいかなる者もそのゲームから排除されないことを目的に行われる(130-132)〔4-3-1〕。
このゲームからの非排除を目的に設定されるのが負の所得税である。これは貧困の結果に対して給付され、格差を定義する絶対的貧困に対処され、最低限の安全の保証をなすシステムである(132-133)〔4-3-2〕。

 次はアメリカの新自由主義についてである。アメリカの新自由主義は①ニューディール政策のようなケインズ主義政策、②ベヴァリッジ・プランと大戦中につくられた介入主義の計画、③連邦政府の増大に対する反発として起こったという点ではヨーロッパと同様のである。だが、①国家形成・独立の出発点であった(戦後ドイツと同様)、②自由主義が政治論争の中心であった、③右・左の両翼からの非-自由主義批判という点でヨーロッパのものとは異なる(134-135)〔4-4-1〕。
そしてこのアメリカ特有の自由主義を示すものが人間資本の理論である。新自由主義者は経済学を人間行動の分析、人間行動の内在的な合理性の分析に当てる。そこで争点となるのは労働者を能動的な経済主体にすることである。ここでは労働は商品ではなく、資本なのであり、それは労働者自身からは分離し得ない。この自由主義的経済化の流れを受けた労働者は、自らの能力・資本に応じて所得-賃金を得る一種の企業として現れる。このような新自由主義的なホモ・エコノミクスは企業家であり、自分自身が資本、生産者、所得の源泉なのである。この人的資本はと呼ばれる資本は遺伝的装置からなる生得的要素と、教育的な投資が重要視される後天的要素から構成される。このような理論からは革新の問題も人的資本から導き出されるようになり、第三世界の問題も人間資本の不十分さ、教育の問題として取り上げられるようになる(135-141)〔4-4-2〕。
アメリカの新自由主義では、本来的に経済的な現象でないものを経済的に解読しようとする。ドイツのオルド自由主義者と異なり、それは市場(経済)の形式を出生率、婚姻現象等、社会全体に一般化する。こうして市場の観点からの統治政策批判が恒久性を持って為されるようになる(141-143)〔4-4-3〕。
犯罪にも同様の思考が当てはめられる。刑法システムの低コスト化が目指されるのであるが、個人を罰するという一方の形式が一連のインフレーションをもたらす。それを防ぐためにも新自由主義者の分析では犯罪をできる限りホモ・エコノミクスの問題として処理しようとする。したがって新自由主義者による犯罪の定義は、犯罪をするものの視点から為される。ホモ・エコノミクスの視点からでは、犯罪は利潤とリスクの関係によって捉えられるのである。処罰も同様に功利性としてみられるが、法の執行は無際限に拡張できるものではない。それは犯罪の供給は需要の変化に必ずしも対応するものではなく、そして法の執行自体がコストを含むため、その黙認の範囲も計算に入れるべきだからである。ここで例として挙げられているのがドラッグの問題である。これは犯罪性が市場現象と触れるものとしての一例である。このような新自由主義者の犯罪分析の帰結は①犯罪者の人間学的な消去、②ゲームの規則に働きかける社会、環境タイプの介入が存在する社会がこのような分析の地平に現れることである(143-151)〔4-4-4〕。
これらの分析の中心となる観念がホモ・エコノミクスである。ここでは一切の合理的な行為だけでなく、非合理的な行為も経済分析の対象として拡大することができ、その対象は環境変数へのある個人の体系的な応答の総体として定義され、これは行動主義的技術全体と統合される。これはイギリス経験論に遡ることができる。ここでは主体そのものに準拠した個人的、還元不可能、譲渡不可能な選択の原理が利害と呼ばれて存在する。このイギリス経験論哲学がもたらした利害の主体との同定可能性が争点となるのが法的主体である。ここで利害主体は法的主体に還元することができず、また否定性を受け入れる法的主体と同じ論理に従うこともない。このような利害はどうにも手出しできない偶発事に依存し、そして自らの利益の生産と結びつく他者の利益を生み出すのだが、この両者とも無際限であり全体化できない。ここでこの利害と世界の全体性の結びつきにおいては見えざる手のようなものを想定せざるを得ない。この手のシステムの下では各行為者は全体性に盲目であるべきなのである。各行為者だけでなく、経済世界は主権者にとっても不可視なものとなる。経済的合理性はこのような認識不可能性の上に基礎付けられる。さて、この見えざる手の理論と対立するものとして重農主義が挙げられているのだが、この重農主義のような専制主義と全体的な経済的自由という観念への批判として、経済学は決して統治の科学ではないことが強調される(151-160)〔4-4-5〕。

では経済的主体に対して主権の空間においてどのような統治術が実践可能であるのか。これが可能とされるのが法的主体と経済的主体の両方を包括する統治の領域である市民社会である。ここでは、「権力関係と、不断にそれを逃れるものとのまさしくゲームにおいて、まさにそこから、ある意味で統治者と統治される者の界面で、あの相互作用的・一時的な諸形象=人物たちが生まれる。」18世紀後半からこのような市民社会はファーガソンの提示するようなものとなり、その特徴として以下の四つが提示される。①人は社会無しには存在しえず、したがって市民社会は人類にとって歴史的=自然的な存在である、②市民社会は諸個人の自然発生的な結びつきを可能にする(利害的なものとは別)、③市民社会には権力関係が張り巡らされており政治権力の永久的な母胎である、④市民社会は歴史の動因である。そして新しく提起されていくのは市民社会と国家との関係である。さて、つぎに権力を規制するものについてだが、中世から存在するのは真理において統治を規制する、ということである。これは16-17世紀になると合理性による統治の規制に変わっていく。これらの統治術とその規制は消滅することなく、多様な形態を為していく。真理による統治術、主権国家の合理性による統治術、経済的行為者たちの合理性による統治術、これらの複合した統治術の合理性全体が近代世界を特徴付けている(160-171)〔4-5〕。

 自由主義における統治合理性では、間接的な人々への介入が特徴である環境タイプの介入が主流となる。では救済、法、真理の機構はここではどのような様相をみせるのだろうか。まず救済においては、個人に対しては経済ゲームからの脱落を防ぐ保障が張られ、国家に対しては経済システムを基盤にした国家権力の生成を目指すことが救済の役割を果たす。法の問題では、法と経済はその結びつきから出発せざるを得ないことや、法の領域である権利の主体と利害の主体を包含する市民社会が基盤となるという状況を示す。真理の問題としては市場自体が自然の原理が働く真理の場となっていく。ここでは統治の合理性は正当性を失う。そして市民社会は絆で結ばれる共同体と経済的な共同体とを同時に統治可能にする新しい合理性の形態として分析され、反-指導のテーマは近代世界における多様な統治合理性の形態の間の論争と闘争であり、それが政治を生み出すと位置づけられる(172-173)〔4-6〕。

 この論文の目的はフーコーの政治的思考の特徴を明らかにすることと定められる。真理と政治、倫理は同じ問題であり、この分析自体が新しい「政治化」の創出につながる。この政治化の形式は倫理であり、統治合理性の分析、批判は、「倫理的であると同時に政治的な新しいエートスを作り上げ、それを他者とともに共有するため」であり、こうした政治意識の変化に政治変革の基礎を定め、この論文は締めくくられる(175)〔結び〕。

■ おわりに
 フーコーの脆さは一貫して次の問題に収束されるのではないか。「フーコーは「耐え難さ」を判断にかける基準を持たない。」この点でハーバーマスの「恣意的な党派性を免れ得ない」という批判もまっとうなものとなり 、自爆テロとの関連で示された平井の指摘も現実の問題となる 。規範化を逃れる耐えざる変革を前にして、私たちができるフーコーを擁護する術としては、インタビューなどから一文一文を集め、彼の「耐え難さ」が正義に近いものであると立証するような経験主義的な作業が思い浮かぶ。「パレーシアは政治である」とすれば、政治化に成功したその反-指導は常に正義を保ちうるのか。それとも経済システムにしか信頼を置くことを許されない現在の道徳的盲目を強いられる文脈では、誰しも「耐え難さ」をその都度限られた材料で判断していくしかないのだろうか。そのとき、道徳・規範の基礎付け、またはその批判に関する社会哲学の課題へ取り組もうとすれば、フーコーは「勇気を与えてくれる」という限定的な役割しか果たすことができないだろう。
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by kokem-omo | 2008-05-11 21:58  

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