ソウル犬食旅情

ボクシング元WBC王者の徳山昌守(洪昌守)は、いつも試合前に鶏を丸ごと薬膳の素材と煮込んだ参鶏湯を食した。減量と激しい練習により機能低下した身体、内臓に何よりも優しいからだ。僕が選手時、減量していた時には食べる機会が無かったのだが、困憊した身体に浸み入るという徳山の言いようが印象深く、最近は飲み過ぎで限界まで体調が悪化した時などよくお世話になる。

同じく身体の衰弱に効き栄養価の高いのが補身湯、つまり犬のスープである。犬といえば、戦後食糧難の時代、大阪西成の串カツはほとんど犬肉で、とりわけ赤毛の犬がうまかった、等と祖父がよく語っていた。とはいっても、圧倒的にペットとしての市民権の方が強い犬。韓国がソウル五輪やW杯など国際的イベントの度に諸外国から非難を受けてきたことを考えると、鯨と通じるところがある気もする。
           【補身湯】
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今回はそんな隣国の犬食文化を探るため、一路ソウルへ。現地でアシスタント、通訳を務めてくれたのは大学生の李效珍さん。若者はほとんど犬を食さないというが、犬との関わりは持つみたいである。李さんは小さな頃、田舎の祖父母の家で解体された動物の肉を見つけた。訪ねると祖母は鶏肉だ、と答えた。しかしその後、はなれの近くで頭部を発見、あの肉は犬だと判明。ショックだったけど、でもまあ普通に食べたよ、祖父の家では飼い犬が急に居なくなるのもしばしば、と李さんは話す。ヒヨコから可愛がっていた鶏を、御祝いの際におじいちゃんが勝手にしめてしまい、食卓に並んだ、といった少し前の日本の田舎でのストーリーに似ている。
           【メニューの説明をする李さん】
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さて雨のソウル、お目当ての犬料理店に入ると、何組かの親父グループと、40歳前後の女性一組で、なかなか繁盛している。鰻のような夏の男性の滋養強壮のための他に、犬肉は病後や手術後にも好んで食べられる。美容にいいとされ、女性にも人気がある。とはいっても学生やOLの宴会に使われることは殆んどない。スッポン鍋のような、特別な美容スタミナ料理というところか。

注文したのは補身湯posintan(犬肉スープ)と水肉sooyuk(茹で犬肉)。肉のトロミでまろやかなスープに、エゴマの葉の香りが引き立つ補身湯(10000W)。香りといえばうっすら羊肉のような風味があるくらいで、獣臭は無くこくがあり味わい深い。じっくり煮込んだ牛筋肉のスープと言ったところか、身体の芯から温まる。水肉sooyuk(15000W)は、薬味(辛味噌samjan、リンゴ酢、辛子、すりゴマ)と一緒に。見た目こそは生々しいが、イメージはコラーゲンたっぷりな、牛筋トロのたたき。口の中でとろけ、上品な肉の甘さが広がる。これがまた辛口の韓国焼酎sojuとの相性がよく、たまらない。正直これだけ普通に美味だと、下手物感がなく戸惑ってしまう。
           【スユク(茹で犬肉)】
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その晩、補身湯の滋養強壮が効いたのか、なかなか寝付けなかった。犬恐るべし、と翌日は眠い目をこすりながら、犬肉が売買されるソウル郊外の牡丹moran市場へ。地下鉄を出るとすでに犬の臭いが漂う。動物愛護団体の活動を見張っているのか、警戒心がピリピリと伝わってくる。商店ごとに大型のケージに赤毛雑種の成犬が10匹ほど、ところどころ室内犬とみられる小型犬も混じる。店内部の設備を見る限り、飼育から屠畜までがここで行われるみたいだ。漢方のような特別な食材とみなされているため、ここで売買される犬肉は牛や豚と比べかなり割高だという。

異様な雰囲気の市場を抜け、隣接する犬肉料理店へ。今日は犬肉すき焼きchongol(20000W)と、犬肉の和え物muchim(20000W)を注文する。新鮮な素材を用いているためか、羊風味の肉の味がしっかりしており、クセになる。好みですり胡麻やリンゴ酢を加えられ、飽きないのが嬉しい。至福のひととき、昼間からマッコリがよくすすむ。
           【チョンゴル(犬のすき焼き)】
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こうして珍味といわれるには美味過ぎる犬肉だが、広く社会に受け入れられてる訳ではない。ポン・ジュノ監督の「ほえる犬は噛まない」(フランダースの犬)では、都市生活の犬ペット文化と対比され、浮浪者や男性の悪趣味として地下における犬食が描かれている。他の女学生に尋ねても、そんなの食べないわ、と言うばかり。また、もしKARAや少女時代が番組でばくばく犬を食べてたら、イメージダウンになるんじゃない、とも聞くとその特異な位置付けが浮かび上がる。Hyundai、Samsung、LG等のグローバル展開にみられるような、熾烈な韓国社会の世界水準化の裏で、一つの伝統が居場所を失っていくようにみえる。
           【ムチム(犬とニラの和え物)】
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しかし、母が手術後に補身湯を食べたと説明されると、単なる古きよき嗜好品ではなく、生、文化にまだまだ強く根付いてることが伺える。ここでも日本の牛肉の無かった時代に鯨を食べていた、というタンパク源代用という背景との違いも見えてくる。

こうして犬肉を巡って、真理のゲームが繰り広げられているのがわかる。一方には世界で広く認識されるペットとして反犬食の軸(西洋的普遍主義:禁煙ブームや「メタボ」などの拡がりのような)。他方には、栄養学(健康への貢献)、伝統(文化的に重要な食肉)として犬食擁護の軸(文化相対主義)。賛成、反対の双方が、揺るぎない規範の軸を援用し、それぞれの主張が展開される。
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このような議論が闘わせられながら、どんな文化や慣わしも繁栄と衰退を経験する。だが大切なのは、消えてしまえばそれまで、ということ。世界標準も素敵だが、ひっそり路地裏で禁忌の肉をつつくのもまたおつなもの。強者に追いやられるささやかな味わいに寄り添い嗜むことこそが、生を彩る。韓国の親父たちに囲まれ焼酎をすすっていると、壁ではなくいつも卵の側でいたい、という意味が少しわかってきた気がする。


【参考文献・Webサイト】
土佐昌樹「なぜ犬をたべてはいけないのか」、『ヴェスタ』、第43巻、2001年
「韓国におけるグローバル化の進行と犬食習慣の行方」、『アジア・日本研究センター紀要』、第5巻、2009年
「現代韓国犬事情」、『東北学[第2期]』、第9巻、2006年
内澤旬子「Dr.ドッグミート、動物愛護団体と闘う」、『部落解放』、第526巻、2003年
張競「日本にはなぜ犬食いがないか」、『新潮45』、第16巻第3号、1997年
「サッカーW杯で「犬を食うな」と言われた韓国の怒り」、『週刊新潮』、第46巻第45号、2001年
「韓国「犬肉食」大論争」、『サピオ』、第20巻第17号、2008年
安龍根氏の犬肉ホームページ
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by kokem-omo | 2011-03-02 01:22  

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