東京で書くということ

人生と目的、時間の配分について。ジョブズの死が話題になってるが、HBSの学生も、日々幸福の最大化をどれだけ強く意識するかが核心と言っていた。昨年友人が亡くなったことも絶えず頭に浮かぶ。常に終わりを意識するなかで、いかに時間を現在と将来に振り分けるか。将来に振り分け、そのために努力すること自体、その一貫性に安心するという満足は得られるわけだけれども、それでも学生の頃のように、一心不乱に将来に掛けることはしたくなくなってきた気がする。

森達也「東京番外地」を読んでいる。昨年夏に訪れた代々木にあるモスク(第3章)。これをテロなどと結び付けるところが彼らしく、少しうるさい。身元不明人情報に関する第4章(身元不明相談:警視庁)では、若い女性の突然死を表す情報が生き生きと記されている。東京での生の何とか細いこと、これは学生時代にはほとんど意識しなかった。いつこのゲームが終わるかなんて、考える暇もなかったのだろう。

毎朝勉強している会社の食堂から見えるヒトデ型の建物。東京拘置所(ちゃっかり第1章が割り当てられている)を思わせて不気味だったが、これが東京入管だったのを今初めて知った(第13章)。この入管には約800人の外国人が収容されている。オーバーステイや難民申請などの人たちが中心となる施設であるが、誰もがよりよい生活環境を求めて渡り歩くのは真理であり、それが自国民の雇用問題と対立し、排外主義とも相まって大問題となるのが世の常である。経営者は効率性のために低賃金労働者を探し求め、一方国家もいつまでも雇用対策として税金ばかりに頼っていられない、難しい状況。僕はといえば韓国、中国の人たちの根性に負けないように頑張るだけ、残念ながらそれくらいしか考え得ない。

同じく、第12章にある品川の食肉処理場も会社の近所(東京都中央卸売市場食肉市場)。Image Forumでみた映画「いのちの食べ方」さながらの、リアルで衝撃的な食肉ができあがるまでの描写が展開される。

お約束のように、山谷が取り上げられる(第8章)。導入に用いられるのは、泪橋が舞台になるあしたのジョー。ボクシングはどうにもこうしていつも黒くて貧困なんだろうか。そして歌舞伎町のストリップ(第二章)。筆者は、なぜ見たいのだろう、としきりに問う。ダンスは芸術的で素晴らしいことは疑いないが、なぜそこまでして見たいのだろう、とは永遠の課題である。森は言う。「性とは何と豊穣で肥沃で荒涼とした領域なのだろう」。本当に荒涼としていて不毛であるが、たちまちこの上ない輝きを放つことは、恨んでも恨みきれない。

最後に、第14章で多磨霊園が取り上げられる。そこでは社会的な重要度に応じて墓地までもが区別を与えられる。しかし、月日が経ち、持ち主が費用面など管理ができなくなるなどすると、無縁墓地へと配置が変えられる。そうして区別がなくなり、長い月日と共に墓が朽ちてゆき、階層的にフラットな死後の永遠が導き出される。この領域になって初めて、生を快楽・満足を求めるために追うとする日々が浮かび上がる。この一サイクルの中で、どのような起伏を選び、色づけていくか。良くも悪くも、輝き続けて生きるとは極めて社会的・東京的なもので。
[PR]

# by kokem-omo | 2011-10-10 13:32  

気仙沼リポート

3月11日、移住労働に関する国際シンポジウムの会場で地震にみまわれた。訪日していた元インターン先のフィリピン人スタッフ達にとっては大変不安な時間だったと思う。それから三日間、不測の事態に備え、成田で送り出すまで、ほとんどの時間、同行するようにした。その後、引越をすませ、社会インフラの麻痺や放射能の不安より一時大阪へ退避。帰京すると間もなく入社で、長い学生生活を慌ただしく締めくくった。
e0123425_21305782.jpg

4月最初の業務、全体研修を終え、また同じく東北新幹線が全通した。報道の大半は地震と原子力だったが、体感するのは新丸ビルでの余震のみ。リズム作りと時間管理に追われ、社会に目を向ける暇を作らなかった気がする。ようやく、日常への社会性の要請を意識し始めた最終週、偶然手に取った朝日新聞の社説は、滞在で東北経済への貢献を勧めるものだった。震災から50日。その社説に背中を押され、被災地へと赴いた。
e0123425_21343855.jpg

GW初日で座席はほぼ満席だが、東京駅は比較的閑散としていた。まとめ買いした週刊誌、資料を読みあさっているとすぐに一ノ関に着いた。気仙沼行き臨時特急バスは、地元の人たちの他に、帰省やボランティアの人たちとみられる乗客で満席だった。自衛隊車両と幾度かすれ違った。側面には旭川や北熊本の師団ということが表示されており、全国からの全面運用であることがここからもうかがい知れた。約一時間ほどで着く。高台にある気仙沼駅前から20分ほど歩き、小さな峠を越えると市街地が見える。大川に沿って下っていくと、瓦礫の量が増え、泥の匂いが強くなっていく。弱々しく咲く桜並木のもとに、車両や家財、家自体など、あらゆる種類の瓦礫が広がる。
e0123425_2141489.jpg

ある一帯には黒く焦げた鉄骨や木材が広がっていた。気仙沼市街では震災当日に、漁船用の燃料が流出し、大規模な火災が起きたためだ。さらに港の方へと向かうと水産加工工場の残骸、発泡スチロールが散乱していた。まだ整備が十分でなく、瓦礫と水没で徒歩での歩行も困難である。木の棒に巻きつけられた赤いビニールのひもが、無数に並び、風に揺れる。発見されたが未回収だった遺体の位置を知らせるためのサインのようだ。白い防護服をまとった警察官たちが無表情に行方不明者を捜索してまわる。他には自衛隊員、水産会社の作業員、新聞記者しかいない。
e0123425_2144599.jpg

土ぼこりが舞い上がり、泥と魚の腐臭に覆われ、疲労感がたまっていく。引き返して県道の辺りまで来ると、瓦礫は整理され、道路は正常に機能していた。セブンイレブンは照明の無い中、最小限の弁当、パン、お茶、雑誌だけで営業されていた。甘いクリームパンを購入すると、レジではなく、店員が電卓をたたき、大学ノートに金額を記入する。この状態で営業する運用の柔軟さ、その社会性に少し感動する。
e0123425_21525372.jpg

数キロ歩いてまわったところで、寿司屋に入る。やはり地元のもの、初ガツオやフカヒレは流通しておらず残念だが、中央(東京)からの調達などで何とかオープンしている状況みたいである。漁港、水産加工の施設だけでなく、海岸や沿岸の損傷も大きいため、特産品のワカメ、ホヤ、ホッキ貝やアワビなどの海産物が並ぶのもまだまだ先になりそうだという。こういった飲食店は復興事業に従事する都会からの客で賑わいそうだが、気仙沼ではそうはいかないみたいだ。というのも、宿泊施設が少ないため、生活行動のベースがアクセスのいい一ノ関などの中都市に置かれるからだ。
e0123425_21563293.jpg

しかし、生活のためには店を開けないといけない、と店主は話す。避難所生活と比べ、生活空間が守られる分には負担は少ないが、この状態で生活費、生活物資を自分たちでまかなっていくのも楽な状況ではない。みんながそれぞれ異なった立場で困難に直面している。いつまでも自衛隊やボランティアの支援が続くわけでもないし、だからこそ、自暴自棄になるのでなく、ひとりひとりの前に進む心が大切だ、と言う。
e0123425_2215054.jpg

国際協力や支援を考える際の先進国と途上国との距離のように、東京と東北は思ったより離れていた。勤務が始まるとなおさら、生活に内向きになりがちである。しかし大切なのは、支援ー被支援の従属関係ではなく、双方ともに自律した生活の中で、どのように補完し合い、助け合うかなのである。ともすれば同情の視線ばかりが先行しがちな状況で、寿司屋の店主の言葉は補完性の基本を思い出させてくれた。津波にあらわれた気仙沼の桜はかすかにくすんでいたが、それでも確かに咲いていた。
[PR]

# by kokem-omo | 2011-04-30 22:05  

ソウル犬食旅情

ボクシング元WBC王者の徳山昌守(洪昌守)は、いつも試合前に鶏を丸ごと薬膳の素材と煮込んだ参鶏湯を食した。減量と激しい練習により機能低下した身体、内臓に何よりも優しいからだ。僕が選手時、減量していた時には食べる機会が無かったのだが、困憊した身体に浸み入るという徳山の言いようが印象深く、最近は飲み過ぎで限界まで体調が悪化した時などよくお世話になる。

同じく身体の衰弱に効き栄養価の高いのが補身湯、つまり犬のスープである。犬といえば、戦後食糧難の時代、大阪西成の串カツはほとんど犬肉で、とりわけ赤毛の犬がうまかった、等と祖父がよく語っていた。とはいっても、圧倒的にペットとしての市民権の方が強い犬。韓国がソウル五輪やW杯など国際的イベントの度に諸外国から非難を受けてきたことを考えると、鯨と通じるところがある気もする。
           【補身湯】
e0123425_0552366.jpg

今回はそんな隣国の犬食文化を探るため、一路ソウルへ。現地でアシスタント、通訳を務めてくれたのは大学生の李效珍さん。若者はほとんど犬を食さないというが、犬との関わりは持つみたいである。李さんは小さな頃、田舎の祖父母の家で解体された動物の肉を見つけた。訪ねると祖母は鶏肉だ、と答えた。しかしその後、はなれの近くで頭部を発見、あの肉は犬だと判明。ショックだったけど、でもまあ普通に食べたよ、祖父の家では飼い犬が急に居なくなるのもしばしば、と李さんは話す。ヒヨコから可愛がっていた鶏を、御祝いの際におじいちゃんが勝手にしめてしまい、食卓に並んだ、といった少し前の日本の田舎でのストーリーに似ている。
           【メニューの説明をする李さん】
e0123425_0553929.jpg

さて雨のソウル、お目当ての犬料理店に入ると、何組かの親父グループと、40歳前後の女性一組で、なかなか繁盛している。鰻のような夏の男性の滋養強壮のための他に、犬肉は病後や手術後にも好んで食べられる。美容にいいとされ、女性にも人気がある。とはいっても学生やOLの宴会に使われることは殆んどない。スッポン鍋のような、特別な美容スタミナ料理というところか。

注文したのは補身湯posintan(犬肉スープ)と水肉sooyuk(茹で犬肉)。肉のトロミでまろやかなスープに、エゴマの葉の香りが引き立つ補身湯(10000W)。香りといえばうっすら羊肉のような風味があるくらいで、獣臭は無くこくがあり味わい深い。じっくり煮込んだ牛筋肉のスープと言ったところか、身体の芯から温まる。水肉sooyuk(15000W)は、薬味(辛味噌samjan、リンゴ酢、辛子、すりゴマ)と一緒に。見た目こそは生々しいが、イメージはコラーゲンたっぷりな、牛筋トロのたたき。口の中でとろけ、上品な肉の甘さが広がる。これがまた辛口の韓国焼酎sojuとの相性がよく、たまらない。正直これだけ普通に美味だと、下手物感がなく戸惑ってしまう。
           【スユク(茹で犬肉)】
e0123425_049188.jpg

その晩、補身湯の滋養強壮が効いたのか、なかなか寝付けなかった。犬恐るべし、と翌日は眠い目をこすりながら、犬肉が売買されるソウル郊外の牡丹moran市場へ。地下鉄を出るとすでに犬の臭いが漂う。動物愛護団体の活動を見張っているのか、警戒心がピリピリと伝わってくる。商店ごとに大型のケージに赤毛雑種の成犬が10匹ほど、ところどころ室内犬とみられる小型犬も混じる。店内部の設備を見る限り、飼育から屠畜までがここで行われるみたいだ。漢方のような特別な食材とみなされているため、ここで売買される犬肉は牛や豚と比べかなり割高だという。

異様な雰囲気の市場を抜け、隣接する犬肉料理店へ。今日は犬肉すき焼きchongol(20000W)と、犬肉の和え物muchim(20000W)を注文する。新鮮な素材を用いているためか、羊風味の肉の味がしっかりしており、クセになる。好みですり胡麻やリンゴ酢を加えられ、飽きないのが嬉しい。至福のひととき、昼間からマッコリがよくすすむ。
           【チョンゴル(犬のすき焼き)】
e0123425_0503348.jpg

こうして珍味といわれるには美味過ぎる犬肉だが、広く社会に受け入れられてる訳ではない。ポン・ジュノ監督の「ほえる犬は噛まない」(フランダースの犬)では、都市生活の犬ペット文化と対比され、浮浪者や男性の悪趣味として地下における犬食が描かれている。他の女学生に尋ねても、そんなの食べないわ、と言うばかり。また、もしKARAや少女時代が番組でばくばく犬を食べてたら、イメージダウンになるんじゃない、とも聞くとその特異な位置付けが浮かび上がる。Hyundai、Samsung、LG等のグローバル展開にみられるような、熾烈な韓国社会の世界水準化の裏で、一つの伝統が居場所を失っていくようにみえる。
           【ムチム(犬とニラの和え物)】
e0123425_051554.jpg

しかし、母が手術後に補身湯を食べたと説明されると、単なる古きよき嗜好品ではなく、生、文化にまだまだ強く根付いてることが伺える。ここでも日本の牛肉の無かった時代に鯨を食べていた、というタンパク源代用という背景との違いも見えてくる。

こうして犬肉を巡って、真理のゲームが繰り広げられているのがわかる。一方には世界で広く認識されるペットとして反犬食の軸(西洋的普遍主義:禁煙ブームや「メタボ」などの拡がりのような)。他方には、栄養学(健康への貢献)、伝統(文化的に重要な食肉)として犬食擁護の軸(文化相対主義)。賛成、反対の双方が、揺るぎない規範の軸を援用し、それぞれの主張が展開される。
e0123425_0524848.jpg

このような議論が闘わせられながら、どんな文化や慣わしも繁栄と衰退を経験する。だが大切なのは、消えてしまえばそれまで、ということ。世界標準も素敵だが、ひっそり路地裏で禁忌の肉をつつくのもまたおつなもの。強者に追いやられるささやかな味わいに寄り添い嗜むことこそが、生を彩る。韓国の親父たちに囲まれ焼酎をすすっていると、壁ではなくいつも卵の側でいたい、という意味が少しわかってきた気がする。


【参考文献・Webサイト】
土佐昌樹「なぜ犬をたべてはいけないのか」、『ヴェスタ』、第43巻、2001年
「韓国におけるグローバル化の進行と犬食習慣の行方」、『アジア・日本研究センター紀要』、第5巻、2009年
「現代韓国犬事情」、『東北学[第2期]』、第9巻、2006年
内澤旬子「Dr.ドッグミート、動物愛護団体と闘う」、『部落解放』、第526巻、2003年
張競「日本にはなぜ犬食いがないか」、『新潮45』、第16巻第3号、1997年
「サッカーW杯で「犬を食うな」と言われた韓国の怒り」、『週刊新潮』、第46巻第45号、2001年
「韓国「犬肉食」大論争」、『サピオ』、第20巻第17号、2008年
安龍根氏の犬肉ホームページ
[PR]

# by kokem-omo | 2011-03-02 01:22  

思想とアート

心なしか春の装いのビル風、帰路を急ぐ会社員を横目に新宿オペラシティへ。学生1000円に気付いたも残り学生1ヶ月。後悔するよりも赴くが先、今日の東京フィルはモーツァルト「フィガロの結婚」、チャイコフスキー組曲第3番ト長調、リムスキー=コルサフ交響組曲「シェラザード」。ワインの酔いに心地好く管楽器が響き入る。こうして月に一度は生演奏に身を浸したい。

客層は教養が善しとされた世代なのか(百科事典、クラシック名曲100、世界の名著などが買われた世代)、年寄りが多いな、という印象。フィラデルフィア・オーケストラやニューヨーク・フィルでは上品な老若男女(白人)ばかりだったのが記憶に新しいので、やはり芸術の捉えられ方が違うのかもしれない、と感じる。

芸術とは、何か。クラシックを聴いたり美術館に行って何がおもしろいのか。きっとお菓子食べながらお笑い番組を見たほうが楽しい。

では宮崎駿やスピルバーグの映画の何が良いのか。もちろん、制作領域では技巧を凝らした表現方法などは評価されているのだろう。ただ、それらをネームバリュー無しで評価し得るのだろうか。村上隆と東浩紀の対談でテーマに上がる。

同様に、世の中にある様々なものは、ネームバリュー無しで正当に評価でき得るのか。美しいものとは何か、善いものとは何か、価値とは。

キリスト教の特殊性とそれに基づいた階級社会が明確な欧米社会では、芸術は確固として存在する、と椹木野衣は言う。その価値体系は現代思想があぶりだした社会体系とリンクし、フーコーの仕事もここに依拠する。卒業論文で扱った「ニーチェ・系譜学・歴史」や『言説の秩序』では、その価値観の体系が、歴史的に人為的に造り上げられてきたものであることが示される。こうした道徳規範が基盤を置くキリスト教からなる欧米の価値体系に、美も強く規定されているのである。

日本では、江戸時代には浮世絵や歌舞伎のような民衆娯楽が文化の潮流を形づくっていたと見られる。その後、西洋と同様、明治大正の西洋文化の吸収の下での帝国主義的階級性の中で、美術が根付いていった。当時の小説、武者小路実篤などに出てくる主人公などがやたらと絵を描きたがるのもそのためなのだろう。

だが敗戦により、爵位が廃止され、特権階級の解体とともに美術芸術も居所の変更を余儀なくされる。美術は公共事業として、全ての人に対して開かれ、理解されるものとして役割を変える。クラシックや演劇が高尚と言うよりも教育的(NHK・PTA的)な香りがするのもこのような歴史が背景にあるのだろう。

こうして宗教文化の確固とした価値観に基づかない美は、何となく、でしか評価できなくなる。こうした土壌では出版業界・マスコミがカギを握り、片岡鶴太郎やジミー大西などの芸能人アートを可能にする。何となくいい、っぽい、というセンスと著名さだけあれば、アートが成立していくのである。その点、(優劣の問題ではない)、広告やファッションと変わりない。

*******
こうして二つの概念、「スーパーフラット」、「ハイコンテクスト」が理解される。

スーパーフラット:うっすらと存在する(あるいは輸入されて存在する)正統と非正統の越境、あるいは規範侵犯が同列化、並存されるところにアートが成り立つ。

ハイコンテクスト:欧米のようなキリスト教ギリシャローマの文化階級が無くても、薄いながらも、共有されてきた日本の、あるいは業界ごとの文化的背景、記号的素材の組み合わせで魅せる。
*******

今日、無事に修士論文の最終発表を終えた。世の中のものすごいことを知ってアイデアを創り出して世界に道筋を示すのだろう、と志した思想研究の業界も知識パズルの世界だと学び、もう少し現代社会と接点を持ちそうな評論の業界も閉じた体型の世界なのかも、と理解した。

美とは、真理とは、価値とは、を追い求めた6年間。思うように善くて美しい答えなんて存在しないが、その反面自由が利く社会なんだとわかった気がする。こうなれば広告代理店的コンテクストに酔うか、キー局的恋愛お涙刹那主義か、あるいは教養人的気取ったりズレを楽しむか。いずれにしても、好きなのを自由に選べる社会であることを祝福したい。
[PR]

# by kokem-omo | 2011-02-18 00:37  

奥州の名湯

山奥を這いながら、長い勾配を一休みするように、短い汽車はスノーシェッドへすべり込む。扉が開くと、売り子の、力餅~と快活な声が耳に入る。交流化、スイッチバックの廃止、新幹線化。鉄道の歴史と共に歩んだ山間の情緒を再び仰ごうと、奥羽本線峠駅へ向かう。
e0123425_22344273.jpg

教習の合間、最寄の新白河から「小さな旅ホリデーパス」を片手に福島駅へ。乗り換えの列車を待っていると、ふと山奥の積雪具合が不安に思えてきた。問い合わせてみると、案の定冬場は茶屋の営業が行われていないとのこと。もし観光で下車するとどうなるかと問うと、次の列車まで何もない山奥で半分凍死ですね、と聞こえる。過激な語との対面に戸惑い、やはり聞き間違いだろうと望むが、いずれにしてもいいプランでは無さそうなので急遽行き先変更を余儀なくされる。
e0123425_19241100.jpg

さて、降り立ったのは飯坂温泉駅。旧東急の7000系、福島交通鉄道の小さな列車はこまめにローカルな駅に停車し、30分ほどで終点に着いた。郊外の小さな温泉街、仕方無いわ、少し散歩でも。とみくびっていたのだが、秋保、鳴子と並び歴史ある奥州三大名湯ということみたいであり、共同浴場も多く並ぶ。芭蕉も立ち寄ったという歴史ある鯖湖湯に200円で入浴。熱がる観光客のために42-3度に保ってやってください、との地元民への懇願の看板が粋である。
e0123425_19234072.jpg

温泉の後、少しお腹がすいたので名物の円盤餃子をたしなむ。20個で1100円、香ばしい皮にふわふわの具が包まれ、あっさりと風味豊かでいくつでも箸が進む。なぜ餃子が有名なのかと聞くと、温泉街の鮮やかな女性たちが、就業後にも手軽につまめるので人気だったとか。帰り電車で話したお婆ちゃんも、温泉街の美容院で働き、でも美容師でなく「髪結い」だった、と言っていた。静かな東北の夜も、温泉街という都会者の非日常のために、そっと艶やかに彩られてきたことが垣間見れる。
e0123425_19231454.jpg

例えば宮沢賢治のように、彼岸ともどちらともつかない夢を見ているような世界を思い出す。ふと眼が覚めたタシケント行き578便、惑星の合間を縫い、宇宙を飛行しているかのような星空の光景。ワインの心地のいい酔いも合わさり、高く飛びすぎてに宇宙にいるんだ、と容易に納得し、再び眼を閉じた。日常からの無重力という静寂、東北の静かな夜に光が煌くと、どこか彼岸性と親和性を持つのだろう。
[PR]

# by kokem-omo | 2011-01-09 22:44