大船渡魚市場株式会社

カレイ、ソイ、タラ、ホタテ、サケ。威勢のいいかけ声とともに、カゴに並べられた魚が次々とせり落とされていく。船着き場には定置網漁のスルメイカ漁船がつき、コンベアのベルト上で魚が選別される。小魚は放り投げられ、それを目当てにカモメがぎゃーぎゃーと群れて集まる。早朝の漁港は活気に満ちているが、方々から冷たい水しぶきがかかり、本当に凍える。
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今シーズンはサンマが豊漁で、大船渡は全国第2位の漁獲高だった。サケは不漁だが、サンマ漁が売り上げの半分以上を占めるので、黒字経営だ、と漁港の取締役は説明する。震災後、他港に先駆けて6月には操業再開。もちろん被害は小さくなかったようで、事務所2階で胸のあたりを指し、ここまで水がきた、という。新しい市場の建物ができるまでは、半分壊れた古い事務所を使っている。
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早起きしてお腹が空いたので、市場に併設された「丸清食堂」へ。漁港の再開が早かったので、急いで開かねば、と秋には営業再開したと女将さんは話す。北の地らしく、タラ定食を注文する。煮付け、白子の炊き物、刺身。タラの身は淡白で甘い。鮮度が落ちやすいので、当地でないと刺身は食べられないと言われる。刺身は舌触りがよく、白子も濃厚で口のなかでとろける。この新鮮なタラ三昧が650円とは何とも安い。(ちなみに漁師は魚に飽きたのか、みんなラーメンとかカツ丼ばかり食べていた。)
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全国どこの漁港とも変わらぬ活気の大船渡だが、それでも復旧は8割程度だと言われる。名産品のサンマみりん干しなども、零細な個人経営が中心で廃業したところも多く、加工業はほとんど再開していないという。漁師も同じで、流失した漁船の再購入のために金額の3/4ほどの補助金を得たとしても、10年後、20年後には続ける人がいない。両者とも後継者の問題である。漁業に携わる若者はいても、家族の漁を繁忙期や早朝のみ手伝うくらいで、普段は会社勤めがほとんどだという。取締役は「3Kの仕事だから、若者は会社勤めを選ぶ」と言い、仕方ないんだという顔をする。復興はそのまま地域振興、過疎化と同じ課題を持つ。緑を帯びた静かな大船渡の海にも、多くの新しいアイデアが必要なのだろう。
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# by kokem-omo | 2013-01-12 10:13  

大槌にサケが帰ってくる

津波で傾いた橋脚のもとで、産卵で力尽きた数匹のサケが横たえる。地形から何から大きく変わったろうに、こうして帰って来られたのはほんとにドラマだと思う。
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その日は12月に再開したばかりの「小川旅館」に泊まった。サケへの想いを話していると、事前に言って下さればサケ料理にしたのに、と女将さん。伝えなかったことを後悔するも、釜石の毛ガニが食べれたので良しとしよう。
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大型ショッピングセンターの「マスト」に入る魚屋「魚よし」に行くと、切り身、あら、新巻鮭と、すべて大槌産のものが並んでいる。これは嬉しい、と今朝獲れたての5切れで380円の切り身を購入した。地のものがどうしても食べたい。ただの迷惑な話なのだが、割烹「岩戸」に「定食を作ってください」と電話する。主人はきっと呆れているのだろう、うーん、と声が途切れるが「わかりました、お待ちしてます」と了承してくれた。感謝で言葉も出ない。さっそくお店に向かい、お願いします!とサケを手渡す。
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塩焼き、粕汁、氷頭なます、イクラの乗っためかぶ。運ばれてきたのは、見事なサケづくし御膳である。予測すらできなかったパフォーマンス、これがプロなのだろう。絶妙な塩加減でほのかに香ばしい塩焼き、ほんのり香る酒の風味が旨味を引き立てる粕汁。初めて食べたが、サケの鼻の頭をスライスした氷頭なます。こりこりした歯ごたえに柚子が香り、これは美味い。旬である年の暮れを過ぎたサケだが、まったく味の劣りを感じさせない上等さである。
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大槌はもともとサケで有名な町で、江戸時代には新巻鮭の考案で潤ったと言われる。サケは定置網漁で獲られるが、今シーズンは不漁だったらしい。寒流が弱くなるという海流の変化が原因とされるが、震災の影響もないとは言いきれないみたいだ。町長をはじめ、津波で多くの職員を失い、復興に時間がかかっていると言われる大槌。再びサケで沸く町になるのを願うばかりだが、みんな温かい素敵な町には、サケも戻り続けるだろうし、今まで以上の賑わいがきっとやってくるだろう。
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# by kokem-omo | 2013-01-10 22:10  

東北の魚の旅

魚を食べようと思った。

震災からもうすぐ二年、大変な話も、頑張らなくちゃいけない話も、もう改めて僕が繰り返すことではないだろう。だからまあ、ドラマでもなく、数字でもなく、魚を食べてこようと思う。それで海でも眺めたらならもう充分だろう。

この魚の話を読んで、少しでも被災地のことを考えてくれれば、なんて贅沢なことは願わない。一体何のことだ、くらいが丁度いい。魚食べたくなってきたわ、はもう大成功。そんなくらいの気持ちで、東北の海岸を少しばかり歩いてこようと思う。
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# by kokem-omo | 2013-01-10 16:17  

エル・システマ(音楽教育)

2008年に東京芸術劇場で上演されたシモン・ボリバル・ユース・オーケストラのアンコールである。



今日紹介された時には、こんなクラシックが世の中に存在していいのか、というくらい驚き、感動した。このオーケストラは、エル・システマというベネズエラの音楽教育の国家プロジェクトにおける最先鋭の団体である。貧富の差が激しく大都市にスラム地区が広がるベネズエラで、音楽教育を通じて青少年の育成と犯罪率の低下を目指す一大プロジェクトなのである。

地区によっては放課後、することがなければ不良グループとつるみ、犯罪に手を染める選択肢が必然的に高くなる。そうした地区において、こんな情熱的な演奏を見せつけられれば子供達も感動し、非行より演奏と練習の方がはるかに楽しくなる。日本でも同じで、地元では私立の進学校や塾通い以外は、部活か不良と遊ぶしか選択肢はない。部活をすれば自然と生活リズムを整えざるを得なくなり、非行へのリスクは小さくなる。

スポーツもアートも、本人が本気で感動していればそれが一番の説得力と希望となって周囲に波及する。当人が一番本気で感動すること。生存における欲求の段階としては副次的かもしれないが、現代の都市生活においては非常にクリティカルな要素に違いない。
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# by kokem-omo | 2012-07-29 00:05  

石巻の給食

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昨年、この画像を見た時は悪質ないたずらか政争の具としてのデマか何かと思っていた。震災から一カ月も経つと物流網も回復し、食料の確保はできたはずである。しかし、貧相な学校給食しか提供できない問題は実在しており、深刻だったみたいである。

こうした事態が生じたことには、教育委員会という組織の意志決定に原因があった。他の市町村、例えば南三陸ではワールド・ビジョン・ジャパンが学校給食の供給をサポートしていた。しかし石巻は4つある給食センターの内、3つが被災。宮城県第二の人口を抱える都市である石巻すべての学校の給食のサポートできる規模を持つ団体はない。個別の学校への配分は物理的に可能だとしても、教育現場での「公平性」という理念により、教育委員会は援助依頼の決断を下すことはできなかったのである。地区ごと、学校ごとの偏りは何としても出せないからだ。上のような画像が出回って様々な批判を受けたとしても、組織として動きが取れない状況にあった。

しかし現場では、あまりにもひどい状況を何とかしたいという現場教師と諸団体の独自判断で、NPO・NGOの協力を得て、おかずを追加していた学校も少なくなかったみたいである。何とかしなくては、と思う各人がリスクをとって、決断を下したのだろう。

社会人になって思うのは、組織の中では個人としてリスクをとって業務を進めるのは許されないこと、ルールを超えた意志決定ができないこと。担当者の困った姿が目に浮かぶ(彼が情熱をもった者であったとしても、意識を持たない者だとしても)と同時に、それでも何とかしなくては、と皆が感じる状況下での、現場における暗黙の協力体制には頭が下がる。

貴族じみた組織への従属と、個の強さとのどちらを目指すのかは好みの問題である。ただ、東北一体が志と技能を持った人材の宝庫と呼ばれるのは正しい気がする。
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# by kokem-omo | 2012-07-29 00:00