【アフリカ投資レポート 3】

東大、GS、HBSを経て世銀と、非の打ちどころのない経歴の小辻さんがご自身の体験を通してアフリカでのビジネスにおける実際を紹介するシリーズ。まずはデータがどこにも存在せず、そもそも記録を残す、という文化でない場合には、いかに相手と信頼を築き、対面、口頭伝承での情報収集がいかに大切かが示される。同時に、統計やマーケットのデータも整備されたものが存在しない場合、自分で市場へ足を運び、観察し、ノートを取り、データを集めるという基本的な作業の有効性となる。

こうしたビジネスに関する環境が未整備なのに加えて、社会インフラ自体も未整備なため、結果的にビジネスでの高コストに繋がる。例えば、電力網が未整備であるため、工場や商店の稼働のためには常時発電機を回している必要がある。その他にも、治安が良くないため警備員を雇うコスト、また港湾、道路状況が良くないため在庫を多く保有する必要がある、材料や部品の国内市場が未整備なため輸入に頼る必要がある、等、ビジネスをめぐる環境は非常に厳しい。結果的に、輸入品の方が安く済むため、産業が育たないとも言われる。

同時に、教育インフラも整っていないため、優秀な人材は欧米に出るため、管理職を雇おうとすると欧米よりも高いコストで国内に留まってもらう必要が出るため、非常に賃金も高くなる。高等教育の修了者でない場合には、自社でトレーニングを手厚く施す必要があるため、コストの増加は避けられない。

最後に、こうした目で見て足で稼ぐ情報収集を実践している人たちとして、青年海外協力隊の活動が紹介される。一見、世界の頭脳の頂点である世銀と草の根活動の協力隊とは接点が無いように思われるが、このようにインフラが未整備なアフリカにおいては、データの集め方、ビジネスの進め方は非常に似たような形態となる。最後に、世銀やJICA、他国のアクションによってアフリカを劇的に変えるのは難しく、アフリカはアフリカの人たちの手によって変わっていく、と示され、発展への期待が述べられる。

(参照:僕がアフリカでの商売にハマる理由)


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# by kokem-omo | 2017-03-29 21:02  

【アフリカ投資レポート 2】

北米、南米よりも総面積が大きく、発展が期待されるアフリカ。しかしインフラが未整備なため、流通にコストがかさみ、低品質な製品やサービスの割には物価や賃金が高いという経済の悪循環が生じている。今後の発展には港湾と道路と整備がカギとなる。

また、急速な人口増加に対応するため、食糧生産向上の必要性が叫ばれる。コメは現地でも人気な食料であり、日本の支援による稲作振興プロジェクトも進んでいる。種子の改良、灌漑設備の整備、機械化、農業従事者の教育など、課題は多いが、食料庫としてアメリカや中国をはじめ世界中が注目しており、投資額は増大している。

同じく、エネルギー供給も重要な課題の一つとなる。ここで注目されているのはケニアの地熱発電。火山活動が活発な大地溝帯に位置し、発電設備の整備により隣国への電力供給とその結果もたらされる周辺国を巻き込んだ経済発展にも期待が集まる。

他にも、日本の石鹸会社、サラヤのウガンダにおける公衆衛生環境の改善活動や、豊田通商によるケニアでの中古車流通網の整備など、これまで日本企業が培った技術がアフリカで積極的に活用されており、さらなる進出が期待される。

(参照:池上彰と歩く アフリカビジネス)




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# by kokem-omo | 2017-03-29 00:00  

【アフリカ投資レポート1】

物やサービスが不足し、未開の市場が広がり、日本企業にとっての最後のチャンスとして語られるアフリカ。しかし市場規模の面では単一市場における人口は大きくなく、加えて都市部と農村部では生活形態が全く異なるために複雑なマーケティング、流通戦略が求められる。さらにインフラが未整備なためにアクセスが困難なエリアも多く、期待した市場規模を確保できるとは限らない。

またすでに多くの現地、外資企業による様々な商品が流通しており、既存に製品においては価格競争が激しく日本製品が優位に立つことは困難と言われる。工業団地建設や鉄道等のインフラ面での進出が目立つ中国、ベトナムの通信企業、そしてインドネシアの食品企業等が現地でトップシェアを握り活躍する。

そして今ではフロンティアのように語られるが、実は1960年代には分野を問わず多くの日本企業が進出していた。しかし1990年代における政情不安等にそのほとんどが撤退し、アフリカとの繋がりは減少していった。そして再度、日本企業の海外進出の対象として注目されてきたのがここ数年の傾向となる。

(参照:アフリカビジネス、6つの誤解)




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# by kokem-omo | 2017-03-28 23:58  

原発と相馬の魚たち

とにかく、地元の魚がない。どこの食堂も旅館も地元の魚は取り扱っていないと言う。スーパーにならあるかも、という情報が手に入った。試験操業で基準をクリアした魚は、地元のスーパーだけに卸されるからだ。しかしスーパーに聞いてみるがどこも、ない、と答える。少し前にはイカやカレイが入っていたが、入荷したとしても少量なので、今は置いていないみたいだ。それでも実際に行くと何かあるかも、ということで相馬市松川浦漁港へ向かう。第一原発からの距離は、北へ40キロほどである。
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静かな入り江に松などが群生して、たいそう風光明媚な土地である。本来なら今の時期は松葉ガニのピークで、仙台や首都圏からカニツアーのバスが十数台並び、大賑わいだという。他にも名物のホッキ貝やカレイ、ウニなど海産物なら何でも獲れた静かなリゾート地なのである。今では漁港は閑散としており、出漁できない船がひっそりと並んでいる。旅館「いさみや」でほっきめし定食、900円を食べる。貝は歯応えがよく、ご飯にタレと貝の旨味がしみ込んで美味である。これは北海道産。観光の客足は回復には程遠いが、復興作業関連の宿泊で何とかまかなっているという。
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とはいっても、入り江にはのり養殖の杭が並んで見える。しかしそれも試験的な養殖だそうで、現在のりも加工品も流通していない、と「佐藤海産物店」の奥さんが教えてくれる。店頭に並ぶのは、全国各地から取り寄せた品と、震災前に加工された在庫の取り崩しだけとなる。高台の倉庫にあったため無事だった、松川浦ののりを使った相馬の岩のりを購入する。少しつまんで食べると、濃厚な磯の香りが口いっぱいに広がり、からめの味付けが絶妙で、これはご飯が欲しくなる。念願の相馬産だが、震災前の「別の海」から来たものである。放射能の問題だけは港や流通網が回復した所で復興完了とはならない。誰もが初めてで先が読めず、永遠に呪いのように魚と海につきまとう。
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岩手、宮城、福島と下ってきたが、どこも海だけが悠然と変わらないままだった。しかし以前とは違った凄みを帯びており、地盤沈下で浸水した港や異常なまで道路に近い川や海は異様だった。(また放射能の問題は、海自体を触れられない祟りに変えてしまった。)

それでも、美味い魚は畏れを和らげてくれる。怖がる必要はない、と陸地に伝える唯一の媒体。荒れ果てた陸地と恐ろしい海に気が滅入るが、そこには魚をまじえた暖かい暮らしがあった。海との共存による復興が、美しく魅力的な地域の発展に繋がることを願うばかりである。

今日は暖かく、いつもより波でさらわれた地に舞う潮風が弱かったので、短い旅を終えようと思う。
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# by kokem-omo | 2013-01-13 11:16  

未来を担う志津川のタコ

西の明石、東の志津川。タコのイラストが描かれたBRT(バス高速輸送システム)で、気仙沼からタコ名産の土地、志津川に着く。仮設の復興商店街で、タコ下さい、と「弁慶寿司」の暖簾をくぐる。志津川産の水ダコの刺身とお寿司を出してもらう。今シーズンは真ダコ、水ダコともに不漁だが、震災直後は潜れなかったこともありアワビは豊漁らしい。
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真ダコより大きく、柔らかい水ダコ。身にはしっかりとした味があり、くさみはもちろんなく、ほんのり甘い。吸盤、皮の部分、身の中心と、部位によって歯応えが変わるのでおもしろい。ワカメの茹でたものとみそ汁も出してくれた。これも三陸特産なので嬉しい。爽やかな磯の風味、しゃきしゃきした歯応え。噛むほどに甘みが出て美味しい。余談だが、タコはアワビを食べ、アワビはワカメを食べる。今回アワビを食べれば食物連鎖を制覇、生態系の神の視点に立てるかと思ったが、アワビは高そうなのでやめておいた。アワビが豊漁なら、きっと次のシーズンはタコも沢山獲れるだろう。
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町民バスで、志津川のキャラクター「オクトパス君」グッズが製作される工房へ向かう。病院帰りのコースらしく、お年寄りで満員のバス。降り際の挨拶に「生き残ったんだから頑張ろうな」などと交わし合うので、不意に生の重みを感じたり。30分ほどで旧入谷中学校の建物を使った工房に着く。オクトパス君だけでなく、主要産業だった養蚕の繭を使ったグッズ、大企業から受注した地元木材を使った小物が作られる。その他有機野菜の農場やハーブ園など併設され、リソース総動員の事業を展開する。工房では地元の人たち30人ほどが雇用されている。作業への集中や同僚との雑談は、気を和らげたり人との結びつきを強めたりという大切な側面も持つ。
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「大所帯で、これだけ発展するとあとはもう町のため、皆のために進み続けるのみである。」と館長。経営者としての気迫が鋭く伝わる。話終えると館長は、窓の外に見える建設中の研修施設に打ち合わせに向かう。農村体験や被災地学習などができる施設は、オープン前から既に国内外からの予約でいっぱいだという。

バス停まで、工房を案内してくれた広報担当の地元のお兄さんが送ってくれる。流されて何もない町を運転していると、いつも震災前の町並みが目に浮かぶ、と言う。「よくも悪くも、被災地として注目が集まっている。今こそ、都会のノウハウとセンスをうまく活用して、復興と地域振興につなげるチャンスなんです。」別れ際にプロジェクトに携わる想いを話してくれた。タコを取り巻く志と熱い想いが、志津川の将来を力強く支える。
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# by kokem-omo | 2013-01-13 01:11